資材置場

いまだ作品の形にならぬ文章を一時保管する場です。

ド・ブロイの異脳狩人/Take1-4

 教室に戻ったときにはもう代数の講義が始まっており、《|気晶显示《ディスプレイ》》いっぱいに余弦定理の証明が表示されていた。K.K.が遅刻を謝ると、教師は強張った表情のまま席につくよう指示した。よくあることだ。珍しくもない。
 だが、窓際の席まで歩く途中、K.K.は自分を包む異様な空気に気づいた。注目されるのは慣れている――だが、何かが違う。羨望でも嫉妬でもない。強いて言えば――好奇?
 助けを求めて|梓《アズサ》を探す。彼女は遠くの席で、隣に並んだ|宇博《ユーハウ》と何か囁き交わしている。こちらを見てさえいない。
 音を立てぬようそっと席についた時、突如頭の中で声が響いた。
 ――四つ。
 K.K.は小さく震え、声の主を求めて周囲に視線を巡らせた。しかし生徒たちはみな一様に、教師の話に集中するふりをしている。
(なんだ? 今の?)
 何かおかしい。今日は朝からどこかが変だ。自分は何か、ひどく重大なことを見落としている――そんな気がした。
 その時、ふと視界の隅、窓の向こうの体育館の屋根の上に、黒く小さな人影が見えた。
 K.K.は椅子を蹴って立ち上がった。
 教室中の視線が集まる。
「K.K.?」
「あ、あー」
 K.K.は一瞬考え、
「トイレ行ってきます」
 呆然と自分を見つめる数十の目の前で、K.K.は力強く、うん、と頷いた。
「生理で!」

 廊下に出るなりK.K.は駆け出した。確かに見えた。あの屋根の上。瞬きひとつする間に消えてしまったが、確かに人の姿があった。夜そのもののように暗く、狩人の弓のようにしなやかで、野生の獣のように美しい。
 |黒霧《クロム》タカセ――異脳狩人。
 夢で見たのとそっくり同じ、狩人の姿がそこにあったのだ。