資材置場

いまだ作品の形にならぬ文章を一時保管する場です。

2016-06-01から1ヶ月間の記事一覧

プリンセスには、貌が無い 2.全き白の仮面/7

魔女の家に帰り着いた時には、もう夜半を過ぎていた。アルテマは速やかに旅支度を整えた――といって、財産は数えるほどもなかったが。魔女がくれた若かりし頃の服。これは姫の慎ましやかな乳房にぴったりと合っていた。大鬼ガリがくれた頭陀袋。外套の裏に吊…

プリンセスには、貌が無い 2.全き白の仮面/6

夕暮れを迎えたモンの街路は、煮え滾る鍋の中にすら似ていた。美しく舗装された大街道に、今夜ばかりは数え切れぬほどの屋台露店がひしめき合う。食い物ならば、脂滴る炙り肉、山と積まれた焼き菓子、駄菓子、飴玉の類に林檎の蜜漬け、揚げ魚。飲み物ならば…

プリンセスには、貌が無い 2.全き白の仮面/5

翌日の午前一杯、アルテマは周辺の木立の中をそぞろ歩きながら、これからの身のふりようについて考えを巡らせていた。無駄なことであったが。王都が、国が、どうなっているのか、この森の中からは何も分からぬ。ここはまるで母の子宮だ。何も持たず、何も知…

プリンセスには、貌が無い 2.全き白の仮面/4

「魔女様がた。そなたらの親切にはいくら感謝してもしたりぬ」 その日、囲炉裏を囲んでの夕餉の席で、唐突にアルテマはそう切り出した。ミエルは驚いて大きな目をもっと大きく見開いたが、魔女と大鬼は食事の手を止めはしなかった。骨付き鶏にかぶりつきなが…

プリンセスには、貌が無い 2.全き白の仮面/3

そこからの回復は目覚ましいものだった。朝夕にかけてもらう魔法が効いたのか、旨い食事が活力を呼び戻したのか、日を追うごとに痛みは軽くなった。2日目には会話と咀嚼が可能になり、3日目には手足が動かせるようになり、7日が過ぎた頃には足の骨折も――イン…

プリンセスには、貌が無い 2.全き白の仮面/2

老婆は魔女であった。驚くにはあたらぬ。このような森の奥に、大鬼小鬼に囲まれ暮らしているものが、魔女でなくてなんであろう。 老婆は自らをインバと名乗り、アルテマ姫に癒しの魔術を施してくれた。傷の上に――といっても、あらゆる所が傷であったが――手を…

プリンセスには、貌が無い 2.全き白の仮面/1

2. 全き白の仮面 枯れ草色の森の奥にはぽっかりと開けた原っぱがあり、そこに農家がふたつ並んでいた。 木造藁葺に荒い土壁の掘っ建て小屋。中は囲炉裏を囲む細長い土間ひとつきりで、それを衝立が緩やかに分割している。農村でも基礎や壁に石材を用いる建築…

プリンセスには、貌が無い 1.かくして姫は全てを喪った(2)

その日、王都では聖堂という聖堂から鐘の音が鳴り響き、片時も止むことがなかった。聖女トビアによるクレクオス王復活の奇跡、その故事に因んだ鐘だ。 快癒を願う無数の声にもかかわらず、ベンズバレン王ザナクの容態は悪化する一方であった。力なき群衆の祈…

プリンセスには、貌が無い 1.かくして姫は全てを喪った(1)

"S.o.S.;The Origins' World Tale"EPISODE in 1313 #A13"God Save the Princess!"/The Sword of Wish 1. かくして姫は全てを喪った 馬車は逃げた、森の悪路を。片時も休むわけにはいかぬ。背後には賊軍どもが迫っている。規律正しく名誉を重んじる上級騎士と…

プリンセスには、貌が無い 1-4

故にユーナミア王女は大慌てで身支度を整えねばならなかった。いささか煩わしいのは否めない。我から言い出したこととはいえ。 部屋に駆け込むなり姫は侍女たちを呼びつけた。7人総掛かりで服を着替える。優美なドレスは雑に脱ぎ捨て、飾り気のないゆったり…

プリンセスには、貌が無い 1-3

ベンズバレン軍急襲せりの報は物見の口から発せられるや瞬く間に知れ渡り、城内はさながら煮え滾る大鍋が如き狂騒に覆われた。貴族どもは大慌てで着慣れぬ甲冑を身に纏い、兵たちは混乱する指示に右往左往するばかり。場違いなドレス姿のユーナミア王女が作…

プリンセスには、貌が無い 1-2

ベンズバレン王ザナクは戦場を好み、将兵と辛苦を共にするを好んだ。若かりし頃は一介の下士官として、長じてよりは一軍の長として、数限りない戦を経験し、内外に勇猛を以って知られた。というのも彼は先王の第二子に過ぎず、上には知に優れた兄がいたのだ…

プリンセスには、貌が無い 改1-1

"S.o.S.;The Origins' World Tale" EPISODE in 1313 #A13"God Save the Princess!"/The Sword of Wish 今は昔、北の小邦に一対の仮面が伝わっていた。 いずれも額から目までを覆う半面で、ひとつは雪の純白、いまひとつは新月の黒。金属とも石ともつかぬ未知…

プリンセスには貌がない 1-1

今は昔、さる王宮にひとつの仮面が伝わっていた。 旧き戦乱の時代に何処かより略奪されたその宝物は、金属とも石ともつかぬ未知の素材でできていた。表面はのっぺりと滑らかで、触れてみれば指が凍えるほどに冷たい。およそ温もりを感じさせぬ曖昧な表情は、…

獣狩りの獣 2

「だいじょっ! ……ぇげっ。ぶ。だよ……。ぼっ。ごぼ。」 どう見ても大丈夫なわけがなかった。 3人連れ立っての山歩きも今朝で3日目を迎え、カジュの疲労はとうに限界を超えていた。目の下に浮き出た隈は普段の百万倍は色濃く、汗にまみれた全身は服のまま水浴…

獣狩りの獣 1

「追い込め(オット)ゴロー! ゲイドーック!」 「委細承知(ヤァーレ)!」 エッボの声は剣ヶ峰の稜線からにわかに湧き立ち、ゴローの野太い山言葉がそれに応えた。すぐさま駆け出したゴローの姿は全躯に怒りをみなぎらせた猪を思わせ、その猛然たる殺気に…

ザナリスの昏き竜姫 改 1-2

一時、ページを繰る手を止めて、彼は窓の光景に見入った。美しい、と思うことさえ忘れていた。日中には白亜の煌めきを見せた尖塔たちが、赤銅色の空に溶け込んでいく。その背後には忌々しくも壮大な高壁。そしてさらに向こう側、何処までも果てしなく広がる…

ザナリスの昏き竜姫 改 1-1

1 外(ウェイスト)からの少年 ――ついに盗んで来てしまった。あの娘を救い出すためのカギ。 レイは最前からベッドの脇にひざまずき、身をくの字に折って震えている。今になって猛烈な怯えとためらいが大量の脂汗もろとも襲ってきた。だが、もう遅い。彼はや…