資材置場

いまだ作品の形にならぬ文章を一時保管する場です。

2016-05-01から1ヶ月間の記事一覧

ザナリスの昏き竜姫 1-6

* 僕らは走った。どこへ行くべきかも分からずに。とにかく逃げねばならない。外へ、鮫と魔杖兵の戦場から一歩でも遠くへ。だがさんざん通いなれたはずの教室棟は、混乱した僕らにとっては迷宮に等しい。あてもなく彷徨っているうちに、他のクラスメイトとは…

ザナリスの昏き竜姫 1-5

* 狂乱、という言葉は辞書で見た。平和と安寧の権化たるハチノスでは使いどころのない無駄な語彙だった。今日、この瞬間までは。 経験したことのない恐るべき振動が次々に教室を襲い、僕らは泣き叫んだ。逃げなければ! 本能がそう告げていた。僕は新たな知…

ザナリスの昏き竜姫 1-4

僕は小さく鼻を鳴らして、黒板の方に目を向けた。ちょうど先生がやってきたのも、不愉快な会話を打ち切るには好都合だ。無論、また一日、退屈極まりない平和な日常の始まりではあって、その意味では極めて不都合と言えたけれども…… * 1限、下位帝国語文法…

ザナリスの昏き竜姫 1-3

* ダンクレア委員長はいつもの如く、完璧に着こなした制服の上に、完璧に髪を後ろに撫で付けたおでこを乗っけて、完璧な仁王立ちでもって僕の前に立ち塞がった。ゆうに頭2つ分は身長差があるとはいえ、彼女に下から睨みつけられると僕はどういうわけかすく…

ザナリスの昏き竜姫 1-2

あの娘がここを訪れたのも、そんなある日のことだった。代わり映えしない退屈な朝。後の騒動の予感など一切感じさせない普段通りの起床ベルに、僕は叩き起こされたのだ―― * 詳しくは思い出せないが何か妙に不安な夢から覚めて、僕は漠然とした不快にしばら…

ザナリスの昏き竜姫 1-1

1 檻(ハチノス) ついに盗んで来てしまった。あの娘を救い出すためのカギ。 僕は最前からベッドの脇にひざまずき、身をくの字に折って震えている。今になって猛烈な怯えとためらいが大量の脂汗もろとも襲ってきた。だが、もう遅い。僕はやった。やってしま…

“犬は涙を流さない”2

ヴィッシュの心地よい目覚めは、予想だにしない闖入者によって知っちゃかめっちゃかに掻き乱された。彼は朝餉の仕度も忘れ、居間の椅子に沈み込み、目の前に鎮座した橙色の生き物をただただ見つめた。開いた口が塞がらない。緋女、この同居人の奇抜な振る舞…

“犬は涙を流さない”1

"S.o.S.;The Origins' World Tale" EPISODE in 1313 #A09"Hime: The Tearless Dog"/The Sword of Wish 雲海は月光のもとに浮き上がり、その悠然と波打つさまは上等の天鵞絨を思わせる。黒黒と空一面に横たわる天幕、雄大なること言語に絶す。その中にあって…

“ここへ、必ず”4

案の定。高速船が波を掻き分けるかのような音が聞こえ(船? 波? 砂漠で?)その者たちが姿を表した。黒き甲冑の騎士ども。しかし彼らがまたがるは、馬ならぬ、鮫。砂の中を自在に泳ぎ、砂漠に迷い込んだ獲物を食い荒らす、魔獣砂鮫(スナミヅチ)だ。 二騎…

“ここへ、必ず”3

ヴィッシュはふと、足を止めた。砂嵐と暗闇の向こう側に、人の声じみた音を聞いた気がしたのだ。 じっと耳をそばだてる。と、聞こえた。女の悲鳴。ついで男の怒号がいくつかと、ひときわ甲高い剣戟の響き。耳慣れた戦場の声だ。 ヴィッシュは吸い込まれるよ…

“ここへ、必ず”2

砂漠の夜はあまりに深い。ヴィッシュには、もうその闇が見通せぬ。 力尽きた馬を乗り捨て、砂の上を我が足で歩きだしてから、どれほどの時が過ぎたろう。容赦なく熱線を浴びせるあの忌々しい太陽は、やっと地平の下に没してくれた。とはいえその太陽さえ、荒…

“ここへ、必ず”

"S.o.S.;The Origins' World Tale" EPISODE in 1313 #A10"I'll be back"/The Sword of Wish「そうとも。 “時の澱み”は現世(うつしよ)と幽世(かくりよ)の波打ち際。 叶うやもしれぬよ、お前の不遜な願いもね」 そう言って老婆は、痰の絡んだ嗤い声を挙げ…