資材置場

いまだ作品の形にならぬ文章を一時保管する場です。

ザナリスの昏き竜姫 1-6

  *

 僕らは走った。どこへ行くべきかも分からずに。とにかく逃げねばならない。外へ、鮫と魔杖兵の戦場から一歩でも遠くへ。だがさんざん通いなれたはずの教室棟は、混乱した僕らにとっては迷宮に等しい。あてもなく彷徨っているうちに、他のクラスメイトとは完全にはぐれてしまい、僕はひとりになっていた。
 どうして。
 僕は自問する。問うべきこと、分からないことを積み上げれば、ハチノス全体を飲み込む大山ができる。あのサメは一体なんだ? なぜ魔杖兵と戦っている? どうしてこんな目にあって……そもそもここは一体どこだ!
 最後の問だけは、なんとか答えが見つかった。
 僕はどういうわけか中庭に飛び出してしまったのだ。
 魔杖兵の放つ閃光と、滴り落ちる鮫の血に彩られた、見とれるほどに鮮やかな戦場の只中に。
 と、僕の行く手を阻むように、鮫が完全に墜落した。凄まじい砂煙が僕の目を苛む。肺を粉塵に埋め立てようとする。僕は涙ながらに咳き込んで、ふと、不思議な物音を聞いた。
 粘質で湿った破砕音、不快なはずなのにどこか懐かしく、人肌めいた生温さを感じさせる音。興味を惹かれ、細く目を開き、そこで僕は目撃した。
 一人の少女が、鮫の身体の裂け目から、僕に向かって投げ出されたのだ。
 僕は慌てて少女を抱きとめた。彼女の濡れた黒髪が僕の肩にかかり、くすぐり落ちていく。表情の読めぬ、だが目を離せないほど繊細な顔立ち。黒玉(ジェット)を思わせる澄み切った、しかし焦点の合わぬ瞳……
 何より異様だったのは、彼女の胸元から発して、全身を後ろ手に縛りあげる、純白の帯の如きもの。
「な……に……?」
 僕が彼女の薫りに参ってしまって、言語能力を喪失した、その時だった。
「動くな!!」
 怒号が僕らを取り囲む。
 見れば、数十人の〈魔杖兵〉たちが、一斉に魔術杖の狙いを定めていた。
 他ならぬ、僕ら二人に向かって。

(続く)