資材置場

いまだ作品の形にならぬ文章を一時保管する場です。

“犬は涙を流さない”2

 ヴィッシュの心地よい目覚めは、予想だにしない闖入者によって知っちゃかめっちゃかに掻き乱された。彼は朝餉の仕度も忘れ、居間の椅子に沈み込み、目の前に鎮座した橙色の生き物をただただ見つめた。開いた口が塞がらない。緋女、この同居人の奇抜な振る舞いは今に始まったことではないが、今度ばかりは何が何やら理解もできない。
「あー……えっとな」
 ヴィッシュは沈痛な面持ちで眉間をもみ、やっとのことで問を発した。向かいに座った緋女と、その膝の上の竜のヒナが、ぴたり息を合わせて首を傾げる。
「悪い、もう一回」
「いいよ。だからァ」
 緋女はピンと指を一本立てて、ついでにヒナも首を立て、
「夜」
「おう」
「これ」
「ああ」
「びゅーん」
「ムゥ」
「困る」
「だな」
「です」
「うん……」
「おまえら語彙力どこいった。」
 奥の階段を降りてきたカジュが、やる気のないイシガメのような顔をして口を挟んだ。対する緋女の答えはもちろん、
「ごいりょくって何?」
「あっ……。なんかゴメン。」
「それで、何か分かったか?」
 ヴィッシュに問われ、カジュは手にした分厚い本の、とある1ページを広げて見せた。ヴィッシュと緋女はまじまじ覗き込む。ヒナは負けじと二人の間に首をねじ込み一緒になってページを睨む。そこに描かれているのは詳細な竜の解剖図だ。
「五本の爪は古代竜に特有。肋骨の数からしてノマード科、俗に言う飛竜族だね。この辺りには棲んでないはずだけど。」
「ヒナが一匹でこんなとこまで飛んでこれたわけはない。親が一緒だったのか。それにしてもこんなテリトリー外まで迷い出てくるとはただ事じゃない。考えられるのは……」