資材置場

いまだ作品の形にならぬ文章を一時保管する場です。

黒鐵の乙女(仮) 1

 男爵令嬢の婚礼が先延ばしになったことは、ほとんど口端に上らなかった。手段を選ばぬ口止め工作が奏功したものとみえる。花嫁は療養の名目で家を追い出され、その行き先は誰にも知らされなかった。秘密は守られたのだ――鋼鉄の甲冑の如き堅牢さで。邪宗の秘儀めいて密やかに。
 それから50日余りが過ぎたとある新月の晩。墨を流したような暗闇の中、三人の狩人たちが男爵の呼び出しを受けた。迎えの馬車に乗り、向かった先は街外れの古塔であった。|地元《ところ》の農夫どもも気味悪がって近寄らぬ、古ハンザ時代の遺跡だ。
 塔の下で、コルチェロ男爵は待っていた。従者のひとりもなく、手ずから松明を掲げ持ち、いささかくたびれた外套に全身を隠すようにして立っていた。狩人たちが馬車を降りると、男爵の針山のような口ひげが神経質に震えた。この乏しい灯りのもとでも、彼の顔に浮かんだ失望の色は、ありありと見てとれた。
「女と子供だと」
 魔物狩りの狩人――“勇者の後始末人”ヴィッシュは肩をすくめた。彼の後ろに続く“女”と“子供”――緋女とカジュの不機嫌が、背中にビリビリと感じられる。頼むから暴れてくれるなよ、とヴィッシュは心の中で祈った。彼女らがひとたびその気になれば、この塔くらいは軽く消し飛ぶ。
 これ以上男爵が余計なことを言わないうちにと、ヴィッシュは一歩進み出て、慇懃な礼を執った。異国風でこそあれ、作法にかなった正式の礼だ。その仕草に教養の残り香を嗅ぎ取ったのか、男爵は僅かに気配を和らげた。
「貴公が狩人か? シュヴェーアあたりの出と見えるが?」
「ヴィッシュ・クルツ・オースティン、帝国では従七位でした。昔の話ですがね。
 それで、ご息女は?」
 男爵は一瞬のためらいの後、塔の門を指し示した。
「案内しよう。《《患者》》はこちらだ」