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資材置場

いまだ作品の形にならぬ文章を一時保管する場です。

ぬいぐるみ達とハゲ頭(ボツ原稿)

"S.o.S.;The Origins' World Tale"
EPISODE in 1313 #A03"Stuffies and a Baldie"/The Sword of Wish


 勇者の後始末人、“叩き潰す”ボーマン。
 |三十二貫目《120kg》|六尺五寸《197cm》、その筋骨の隆々たること巌の如し。浅黒い肌はさながら鋼鉄、厳めしい禿頭はまさしく鬼神。恐るべき膂力から繰り出される鉄槌は、|象獅子《ベヒモス》さえも一撃のもとに粉砕するという。
 道行けば人は恐れて脇へ退き、子供は泣いて助けを求め、犬は怯えて吠え掛かる。そんな時も、寡黙なるボーマンは決して口を開かない。視線を動かし、ひと睨み。それだけで辺りは凍り付き、飛ぶ鳥は落ち、吹く風は止み、波さえ息を潜めて静まり返る。
 |大物狩り《ジャイアント・キリング》を得意とする後始末人は、協会にも数少ない。彼はその中のひとり。“火の玉”ロレッタ、“万策の”ヴィッシュ、“鬼薙刀”ポワーニャらと並ぶ稀有な人材。屈強を絵に描いたが如き鋼の戦士。
 それが彼、ボーマンなのである。
 しかし、彼にはもうひとつの顔があった。
 仲間たちの誰も知らない、裏の顔が――

 その日、ボーマンは要塞通りを訪れた。
 人目を避けて裏道に潜り込み、立ち並ぶ家々の狭間を縫い進む。やがて、陽光の届かぬ湿った袋小路に辿り着くと、ある店の裏口を叩いた。扉の中に、人の気配が現れる。
「誰だい」
「オレだ」
 蝶番を不気味に軋ませながら戸が開く。ボーマンは、大きな身体を捩じ込むようにして店に入った。
 中は暗く、辺りを照らすものは心細いランプの灯りひとつきり。店主の皺顔がその中にぼうと浮かび上がる。赤い灯火を浴びながら、なおもその顔は青ざめて見える。
「また新しい“商品”かい、先生」
 ボーマンは僅かに顔をしかめた。
「先生はよせ」
「だが先生は先生さ」
 言って店主は、音程の狂った弦楽のように笑った。
 耳障りな声を気にせぬように努めながら、ボーマンは持ち込んだ包を机に載せた。油紙で覆った上から頑丈ななめし革でくるんだ、実に丁寧な梱包であった。
 店主の骨筋張った指が伸びる。愛撫するかのように包を撫で回し、慎重に紐を解いていく――
 中から現れたもの。
 それは、まことに愛らしい、栗色の毛をした、クマのぬいぐるみ、であった。
「素晴らしい……!」
 店主が唸る。感動に唇を震わせながら。
「超かわいい……! これなら絶対売れますよ、ねえ先生!」
 きらきらと少女のように目を輝かせる彼は、「人形なら何でも揃う」の謳い文句でおなじみ、“トマス人形店”7代目店主セオドア・トマス。
 机の上にちょこんと座っているのは、ボーマンの手になる新作ぬいぐるみ“クマだベアー3號”。
 そう。
 屈強の狩人“叩き潰す”ボーマン、その正体は――

 今、巷でウワサの大人気ぬいぐるみ作家、「きらりん☆ピョン太」先生だったのである!



勇者の後始末人
第3話 “ぬいぐるみ達とハゲ頭”



 トマス人形店の陳列棚ときたら、詰め込みすぎて弾け飛んだオモチャ箱のようだ。
 上から下まで、右から左まで、ところ狭しと並べられた人形の数々。女児向けの人形は、手頃な量産品から職人の手になる一品ものの最高級品まで。祭祀用人形も季節ごとに各種品揃え。変わったところでは、歴史上の偉人を象った塑像、彫像の類もある――特に人気の題材は、“異界の英雄セレン”や“白翼の戦姫”、“勇者ソールと仲間たち”。
 いずれも趣向を凝らした逸品ばかり。眺めるだけでも目に楽しい。
 |第2ベンズバレン《このまち》の支店は小ぢんまりとした佇まいだが、王都の本店は建国以来100年続く老舗、堂々たる|大店《おおだな》である。「人形なら何でも揃う」の謳い文句は伊達ではない。
 その魅力的な人形たちを、じっと見つめている女がひとり。
 肉食獣めいた肉体をちょこんと丸め、目は子供のように輝かせている。物騒な太刀は脇に捨て置かれ、その手は人形を手に取りたくてウズウズとわななく。男どもを魅了してやまない美貌も、ポカンと口を開けっぴろげていては台無しだ。
 緋女。最近この街に住み着いた、凄腕の女剣士である。
 緋女は、ここ数日というもの、暇さえあればトマス人形店に通っていた。というのも、あるぬいぐるみに心を奪われてしまったから、であった。
 栗色の毛をしたクマ。短い手足を投げ出すようにして、やる気なく棚に座っている。その顔は寂しげというか、超然としているというか、何か、人生に疲れた中年の男を思わせる絶妙な表情をしていて、この胸に抱き締めたいという衝動を駆り立てる。そのうえ、どこか懐かしい匂いがするのだ。子供のころ大切にしていたぬいぐるみに似た、胸を締め付けるような匂い――
 横には値札が立ててあったが、緋女は字が読めない。そこで、奥で商品の手入れをしている店主のほうへ、ぐるりと顔を向けた。
「ねー、これいくらー?」
「お客さん、昨日も一昨日も訊いたじゃないの」
 店主は苦笑しながらも教えてくれた。その口から出たのは、目玉が飛び出るような金額であった。
 緋女は懐から小さな革袋を取り出し、中を見て、溜息を吐く。財布には銀貨が7枚しかない。ガキの小遣いではあるまいに。
「やっぱ足んねェなァ……」
「いいモノだからねえ。手間もかかってるし、職人の腕もいい。
 まあ、見る目があるよ、お客さん」
「稼いで来るかァ……」
 名残惜しいが、どうにもならない。緋女はしぶしぶ立ち上がり、店を後にした。
 緋女は勇者の後始末人、早い話が害獣駆除の狩人である。といっても、たまたま魔獣が湧いたところに出くわすことなど滅多にない。そこで彼等は互助的な同業者組織、後始末人協会を作り、魔獣の出現情報の交換と仕事の分配を行っている。仕事を回して欲しいなら、協会に相談するのが最も良い。
 が、どうやったら協会に接触できるのか、緋女はぜんぜん知らない。
 その時ふと頭に浮かんだのは、最近ねぐらにしている家の持ち主、ヴィッシュの顔であった。彼も後始末人、それもこの街で10年働いているベテランだ。
 ――あいつなら、なんとかしてくれんだろ。
 と、実にざっくりした見積もりを立てて、意気揚々、緋女は家路を急いだ。
 その途中でのことだった。
 通りには多くの通行人がいたが、そのうちのひとりとすれ違うや、緋女は弾かれたように振り返った。
 ――この匂いは!?
 緋女の嗅覚は、常人に数倍する。その鼻が嗅ぎつけたのだ、ただならぬ匂いを。
 衝動的に緋女は踵を返し、匂いの後をつけ始めた。今や、彼女の目は獰猛な猟犬のそれであった。

 トマス人形店からの帰り道、ボーマンは極めて上機嫌であった。
 今日の新作ぬいぐるみが、店主の好評を得たからだ――表情の乏しい彼のこと、傍目には、いつも通りのしかめっ面にしか見えなかったろうが。それでも、足取りは確かに軽かったし、脈拍は興奮に跳ねまわるかのようであった。
 ボーマンがぬいぐるみ作りを始めて5年になるが、その間、彼は自分の趣味をひた隠しに隠してきた。知っているのは僅かな取引業者のみ。彼らにも徹底して秘密厳守を頼み込み、取引に訪れる際も人目を気にして裏口を使うありさま。
 なにしろ、彼は狩人である。屈強の戦士である。そんな彼が、休日には愛らしいぬいぐるみと戯れているなど、仲間たちに知られたらどんな事になるか。顔を合わすたびにからかわれるのは目に見えている。
 彼は、田舎の少し裕福な農家に、末子として生を受けた。ただひとりの兄は年が離れすぎていたため、遊び相手といえばもっぱら3人の姉たちであった。その影響だろうか、ボーマンは幼少よりままごとや裁縫に親しみ、人形やぬいぐるみの類を好むようになったのだった。
 幼い頃はまだよかったが、思春期を迎え、体が山のように成長していくと、周囲は奇異の目で彼を見るようになってしまった。父親譲りの恵まれた体格が災いした。近所の知人たちは眉をひそめたものだ――あんな大きな体をして、人形なんかいじっている。気味が悪い、と。
 止むことのない陰口に打ちのめされたボーマンは、人前で人形と戯れることをやめた。それでも小さな農村のこと、一度ついてしまったイメージはいつまでも住人たちの記憶に残り続けた。
 いたたまれなくなったボーマンは、成人を迎えたその日、ついに故郷を離れたのだった。
 以来十有余年。故郷にいたころの反省から、彼は自分の趣味を他人に語らない男になった。その結果、今度は、寡黙で何を考えているのか分からない男、という烙印を押されることになった。同好の士を持たないという仄かな孤独は、彼をずっと苦しめていたが、耐えきれぬほどではなかった。
 そんな彼が、自分の手でぬいぐるみを作るという新たな趣味を見出したのだ。作品を試しに人形店に持ち込んでみると――これが、思いの他の評価を受けた。売れたのだ。自分の趣味が誰かに認められるのだと知ったボーマンの、喜びいかばかりか。
 そうしたわけで、納品後のボーマンは、並々ならぬ高揚を覚えていたのである。
 そのせいだろうか、ボーマンは全く気付かなかった。少し離れて後をつけてくる女がいることに。下宿先の金物屋に帰り着き、店主の老婆に挨拶して部屋へ上がろうか、としたその時。
「あのっ!」
 女が声をかけてきた。振り返ってボーマンはぎょっとする。この女、知っている。緋女。最近“万策の”ヴィッシュのところで仕事を始めた、新人の後始末人だ。戸惑ったボーマンが岩のように黙っていると、緋女は、ずい、と一歩進み出て、
「“きらりん☆ピョン太”先生っすよねっ!?」
 脳天を鉄槌でぶん殴られたかのような衝撃。
 眩暈を覚えるボーマンに、緋女はさらに畳みかけた。
「ファンです! サインください!!」
 恭しく厚紙差し出す緋女の目は、さながら、エサを前にして尻尾振り回す犬の如し、であった。