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資材置場

いまだ作品の形にならぬ文章を一時保管する場です。

刃の緋女 8

(状況が飛んでますが気にしないでください。ここまでのぶん大幅書き直ししますので、その続きからです)



 ずぶ濡れで、夜風に震え、疲れ果てた身体を引きずり、ようやく家に帰った時には、とうに夜半を過ぎていた。もう夜明けまでさほどの時間は残されていまい。倒れ込むように玄関に転がり込むと、今の机に小包が届いているのが見えた。中は食べ物と水筒のようだ。簡単なメッセージの書かれた木札から、コバヤシの心遣いであると分かった。
 3階の部屋では、朝に出かけた時のまま、緋女が静かに横たわっていて――床に胡座をかいたカジュが、淡い光を放つ水晶の上に、一心不乱に紋様を描き続けていた。せわしなく動き回る瞳は、獲物を追う猫のそれを思わせる。
「ただいま」
「んー。」
 残る力を振り絞るようにして声をかければ、鼻息そのもののような返事が返ってくる。疲れているのは、お互い様のようだった。
「緋女はどうだ」
「んー……。」
「そうか……」
 ヴィッシュはどっかと腰を下ろし、下から持ってきた包みを開く。
「タチアナさんが弁当作ってくれた……食うか?」
「ん。」
 サンドイッチを口元に持って行くと、カジュはヴィッシュの手から食べた。猛然と食べた。がぶり、がぶり、かじり、噛んで、次に差し出された水筒に口をつけ、喉を鳴らして飲み下した。
 それからヴィッシュは自分でも食べた。舌が疲れで痺れるようで、味はろくに分からなかったが、とにかく身体が飢えていた。差し入れは見る間に食い尽くされていった。
 人心地つくと、ヴィッシュは膝立ちになって、緋女の顔を覗き込んだ。安らかな寝顔が、たまらなく愛おしく思えた。衝動的に手を伸ばし、髪と頬を撫で、指に絡む甘やかな感触で我に返った。無礼なことをしてしまった。昏睡している女性に指を触れるなど――
 部屋の奥へのそのそと退いて、ヴィッシュは壁に背をつけ、横になった。
「悪いが、少し眠るぜ」
「んー。」
「夜が明けたら起こしてくれ……」
「ん。」
 数分と待たず、彼は眠りに落ちた。
 やがて窓から朝日が差し込み始め、カジュは初めて彼の方に目を向けたが、その頃にはもう、起こすまでもなくヴィッシュの姿は消えていた。