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資材置場

いまだ作品の形にならぬ文章を一時保管する場です。

刃の緋女 5

 それからヴィッシュは街中のいたるところを駆け回った――市場、教導院、貸倉庫、飯屋に飲み屋、果ては娼館に至るまで。それぞれで顔見知りを探し、しばし密やかに言葉を交わしては、すぐさま次の場所へ飛んで行く。昼は風の如く過ぎ去り、夕暮れは一息に潰えて消えた。
 空が蒼紫に染まる頃、彼は汚れた裏通りの安酒場を訪れ、どんよりと立ち込める酔気の中に、またも知人を見出した。
「酔いたいなあ。酔いたいよねえ……」
 隅のテーブルの上にとろけるように寄り掛かり、ヨブはひとり管を巻いていた。彼はヴィッシュより少し年上の痩せた男で、少しばかり垂れ目なのを除けば特徴らしい特徴もない顔をしていた。平々凡々。あまりにも。少し目を離せば、どんな人物だったか思い出せなくなるほどに。
 ヨブの前には酒瓶が4、5本も並んでいたが、ちっとも酔っていないように見える。
「ああ、酔いたいねえ……酔ってしまいたい」
「また言ってんですか、ヨブさん」
 ヴィッシュが呼びかけると、ヨブは驚きもせずにただ顔を持ち上げ、愛嬌のある笑顔を浮かべた。
「兄ィ! こんにちは兄ィ。酔いたいのにねえ……」
「酒強すぎるんですよ」
「そんなのってないよう」
 ヨブはめそめそと机に伏してしまった。思わずヴィッシュは苦笑する。
 異端の後始末人、“探し屋”ヨブ。彼は、後始末人協会ができる何年も前から魔族狩りをやっていた古株である。もとは北方の街にいたらしいが、訳あってベンズバレンに越してきたのが5年前。その直後魔族に襲われ、危ういところをヴィッシュに救われて、以来彼のことを“兄ィ”などと呼び慕っている。ヴィッシュとしては、くすぐったくてならないのだが。
 ヨブは剣も弓も使えないし、魔法の知識もない。だが、街中での尾行、潜入はお手の物。金と時間さえあれば、どこにでも潜り込めるし何でも探し出せる。もとは盗賊だったのではないか、とは専らの噂だ。
「ヨブさん」
「ふぁい」
「あんたの力を借りたいんですよ」
「……仕事っすか」
「頼めるかな」
「兄ィ!」
 突如、がばと身を起こして、ヨブはヴィッシュに食って掛かった。
「頼むだなんて水臭い! なんで“やれ!”って言ってくれないの!
 ぼかぁねぇ、兄ィ、兄ィのためならなあんでもしますよ。なあああんでもねえ!」