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資材置場

いまだ作品の形にならぬ文章を一時保管する場です。

刃の緋女 4

 コバヤシの元を訪ねてみれば、彼は本業の酒屋に臨時休業の札を垂らして、ヴィッシュの出来(しゅつらい)を待っていた。緋女の災難について、耳聡くも噂を聞きつけたらしい。二三の手下を集め、いつでも動ける準備を整えてさえいる。ヴィッシュは奥の間に通されるなりその周到さに目を丸めた。
「俺、会合行けないって言いに来たんだぜ?」
「そちらはご心配なく。もう欠席連絡に人を遣りました」
「手際のよろしいこって。
 ……さてはお前、サボる口実探してたな?」
「あ、ばれました?」
 ふたりは声を揃えて笑った。かつてなかったことだ。ヴィッシュは自分がこの男と一緒になってこんな笑い方をしていることに、小さからぬ驚きを覚えた。そしてひとしきり笑った後、不意に膝に手をつき、深々と頭を下げたのだった。
「すまん。恩に着る」
「あなたが恩に着てくれるなら、こんな頼もしいことはありませんよ」
 そうしてふたりは密談を始めた。ヴィッシュは手早く自分の知る限りを伝え、幾つかの推理と策を披露した。コバヤシはほとんど口も挟まず、黙って頷いていた――口出しの必要を感じなかったからである。
「……ってとこだ。頼めるか?」
「今夜までには何とかしておきます。他には何か?」
「明日あたり、大きな戦いになるかもしれん。何人か協会員に声かけといてくれ。とりあえず火の玉コンビとボーマンが暇してたはずだ……ヨブんとこには俺が行く」
「詳しいですねえ、みんなのスケジュール」
 目を見張るコバヤシに、ヴィッシュは決まり悪げに頭を掻く。
「ま、最近は、色々と、な……」
 と彼が口を濁すのは、協会に内緒で良からぬことをしていたからだ。
 本来、後始末人の仕事は協会が受け、会員に割り振るものだが、依頼主から指名があった場合はその限りではない。緋女たちとチームを組んで以来、大きな事件を立て続けに片付けたこともあって、彼の元には以前にも増して多くの指名が舞い込むようになった。その全てを三人ではこなし切れず、やむなく知り合いの後始末人たちに仕事を回していたのである。彼らのスケジュールを把握していたのはそのためだ。
 知られれば協会にいい顔はされまい。何しろ協会の業務の一部を奪った形なのだ。そんなわけで、このことはコバヤシにも秘密なのであった。
 目を向けると、コバヤシは微笑んだ。感情の読めない作り笑い、ヴィッシュの苦手ないつもの表情。ひょっとしたら、ヴィッシュの副業について彼はとっくに把握していて、見て見ぬふりをしているのかもしれない。それで上手く回るなら、と。
「ま、こんなところか。報告は家にくれ、カジュがいるから」
 そう言い残してヴィッシュは席を立った。今日のうちに打つべき手は、まだまだ幾つも残されていたのだ。