資材置場

いまだ作品の形にならぬ文章を一時保管する場です。

プリンセスには、貌が無い 2.全き白の仮面/3

 そこからの回復は目覚ましいものだった。朝夕にかけてもらう魔法が効いたのか、旨い食事が活力を呼び戻したのか、日を追うごとに痛みは軽くなった。2日目には会話と咀嚼が可能になり、3日目には手足が動かせるようになり、7日が過ぎた頃には足の骨折も――インバ婆曰く、「よくこれを我慢してたわねえ」――魔法の力ですっかり良くなり、介添えなしに歩き回れるようになっていた。
 その間に、インバたちは少しずつ順を追ってあの夜の出来事を説明してくれた。インバと大鬼ガリは、逃げ惑うアルテマの馬車を偶然見かけ、なんとか救おうとして追ってきたのだという。崖下の森を探し歩いているうちに山火事になり、焼死寸前の姫をなんとか救い出した。そしてこの家に運び、傷を手当して――そこから先は、知ってのとおり。
「なぜ追われていたの?」
 5日目の晩、インバは穏やかにそう尋ねた。アルテマが口をつぐむと、もはやそれ以上詮索はしなかったが。
 7日目、アルテマはひとりで家を出た。朝の草むらには爽やかな冷風が流れ、火傷の肌を慰めるように撫でていった。ゆったりと揺れる木々。幾重にも重なる小鳥の声。空は高く雲ひとつなく、今のアルテマの目にはいささか眩しすぎる。
 逃げるように視線を落とせば、原っぱの奥に小さな泉が見えた。興を覚えて歩み寄る。山からの雪解け水が湧き出しているらしい泉は、磨かれた硝子鏡さながらに煌めき、空の青を我がものとして臥している。
 その澄んだ水面に、アルテマは前々からの懸念を思い出した。そして泉の淵に膝をつき、顔に巻かれた包帯を――よせばよいものを――ほどきだしたのだった。
 泉を鏡として見た己の顔は――顔は――!
「これがわらわか」
 震える声を、聞いたものはなかった。たとえ聞いたとして、どんな慰めを言えただろう。詩にさえ謳われた桃色の髪はひと房、ふた房を残すばかり。肌は溶岩の如く爛れ、幾多の貴公子を魅了した天使の微笑みは見る影もない。水面に映るものは見るに耐えぬ異形の怪物。この世のいかなる悪徳にも増して憎まれるべきもの――醜さ。
 ただふたつだけ無傷で遺った宝石、榛色の瞳さえ、今となっては不気味さを際立たせるものでしかない。
 その宝石に涙を浮かべ、アルテマは泣いた。
 幸い草むらの中に身を潜めれば、誰かに見咎められる心配はなかった。