読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

資材置場

いまだ作品の形にならぬ文章を一時保管する場です。

プリンセスには、貌が無い 1-2

 ベンズバレン王ザナクは戦場を好み、将兵と辛苦を共にするを好んだ。若かりし頃は一介の下士官として、長じてよりは一軍の長として、数限りない戦を経験し、内外に勇猛を以って知られた。というのも彼は先王の第二子に過ぎず、上には知に優れた兄がいたのだ。王位を巡って争うどころか、ザナクは、学があり機知に富んだ兄を尊敬さえしていた。いずれは兄がこの国を継ぐであろう。その時自分は兄の剣となり盾となるのだ。そう心に決めていればこその戦場暮らしであった。
 故に、兄の急死によって皇太子の位が転がり込んだとしても、ザナクは一欠片の喜びさえ覚えはしなかった。私には荷が重すぎる、と煩わしく思っただけだった。王位を継いで後、ザナクは前にも増して戦地に足を向けるようになった。取るに足らない盗賊の征伐や、隣国とのちょっとした小競り合いにさえ、国王御自ら出陣した。まるで王宮の玉座から逃げるかのように。重臣たちは揃って軽挙を諌めたが、ザナクはいつも笑って受け流した。私が死んだとて何程のこともあるまい。喜んで後任を務める弟たちが升で量るほどいるではないか、と。
 そんなザナクであったからこそ、今、この雪の戦場で傍らに立つ若き青年――いや、まだ少年とさえ呼べたやもしれぬ――には、ひとかたでない想いを持っていたのだ。
「ブラスカよ、この情況をなんと見る?」
 青年ブラスカは虎狼を思わせる眼で遠方の城を一瞥した。鼻は剣ヶ峰の稜線にも似て鋭く、発する声は飢えた山犬のそれであった。
「シンジル国は王威薄弱なれど要塞堅固。無理押しは陛下の将兵を大いに損ないましょう」
 つい先日成人したばかりの若者とは思えぬ物言いに、ザナク王は苦笑した。
 ――二人きりの時くらい、叔父上と呼んでくれればよいものを。
 だが、その融通の利かぬ性情が、そして狙い違わず真実を射抜く理性の目が、今はなき兄を彷彿とさせる。そのうえ、軍才だけはなかった兄と違って、この甥子はザナクと同じ世界に住んでいる。鉄と血のみが物を言う、戦の世界に。
 それを知らしめんとするかのように、青年ブラスカは先を続けた。
「私にお任せ下されば、正午を待たずにあの城を落として見せましょう」
 この大言壮語。ザナク王はたまらぬ快さに身震いさえした。
「兵は?」
「我が手勢のみで結構」
「勝算は?」
「十中の九」
「何をする気だ?」
 ブラスカは笑うばかりで答えなかった。好奇心がザナク王の心を揺らした。功を焦る若者の暴走、とは思えぬ。単なるホラ吹きのようにも。一体いかなる手品を使って、たった半日で一城落としてみせようというのか。
「任す。やってみるがよい」
 威厳を込めて言ったつもりが、口元の緩みは隠せなかった。ブラスカは王の少年めいた高揚をすっかり見抜いていたに違いない。