資材置場

いまだ作品の形にならぬ文章を一時保管する場です。

獣狩りの獣 2


「だいじょっ! ……ぇげっ。ぶ。だよ……。ぼっ。ごぼ。」
 どう見ても大丈夫なわけがなかった。
 3人連れ立っての山歩きも今朝で3日目を迎え、カジュの疲労はとうに限界を超えていた。目の下に浮き出た隈は普段の百万倍は色濃く、汗にまみれた全身は服のまま水浴びでもしたかのよう。フィールドワーク用の杖だけを頼りにここまで来たが、ついにそれさえままならなくなった。
 それでも彼女は、ひたと仲間たちを見据えて言い張るのだ。まだ大丈夫、と。
 見かねた緋女が――こちらは汗一つかいてはいない。ああ麗しき相棒よ、どうしてそんなに頑丈なのか!――カジュに背中を向けて、ひょいとしゃがみ込んだ。
「乗れよ」
「は。」
「おんぶ」
「冗談じゃないね。足手まといにはならないよっ。」
 無論、もう一歩も歩きたくないのがカジュの本音ではあったが、彼女のプライドがそれを許さない。しかしその内心を見透かすかのように、先頭のヴィッシュが振り返り、
「無理するなよ。おぶってもらえ」
「やだ。」
「狩場に着く前にダウンされるほうが困る」
「ほら! 乗れっつうの」
 二人がかりで迫られて、カジュは後ずさりたいところではあったが、もうその数歩さえ足が動こうとしなかった。残る力を振り絞って無い胸を張り、仲間たちに指つきつけて、
莫迦におしでないよ。痩せても枯れても天才美少女術士カジュ・ジブリール、ひと様の背中を借りる無様は、断じて、断じて見せられ

 見せてしまった……。」
 数分後、山道には、先に立って藪を切り拓くヴィッシュと、相棒を背負った緋女の姿があった。カジュは目の前のたくましい背中に鼻を沈め、先程からぶつぶつと呪詛を垂れ続けである。
「おんぶされちゃった……。
 ボクは恥ずかしい……。」
 ヴィッシュは苦笑して、
「山歩きは大の男でも音をあげるからな。ま、ここまで頑張っただけでも……」
 というのは慰めのつもりだったのだが、かえってカジュに睨まれてしまった。キョトンとしているうちに彼女はそっぽを向いてしまう。わけがわからず、助けを求めた先は緋女であったが、そちらでも白い目で見られるばかりだ。
「前向いてろバカ」
「……俺なんか悪いこと言ったか?」
「ほんっ……とにデモクラシーねえなテメーは!」
「デリカシー。」
「それよ」
「確かによく言われるけどな……」
 彼の性格では思いもよるまい。彼に向けた好意が、カジュに虚勢を張らせていようとは。――と言っても色恋ではない。親子の情ともやや異なる。相手と対等の人と人でありたいがために、格好の悪いところを見せたくない、美しく颯爽とした自分でいたい。背伸びした少女の心持ちだ。
「緋女ちゃんボクは悔しいよー。」
「うんうん。今度走り込み一緒にやろうな」
 ――納得いかん。
 と、ヴィッシュが頭を掻いた、その時だった。
 凄まじい獣の咆哮が森の木々を震わせた。
 小鳥が驚き一斉に飛び立つ。緋女は早業で剣を抜き、カジュの指先には火球が灯る。が、ヴィッシュは二人を手で制し、ただじっと耳を澄ます。
 唸りとも呪詛ともつかぬ不気味な声が、再び森中に響き渡る。
「なにあれ」
「大丈夫だ、任せろ」
 ヴィッシュは大きく息を吸い込んで、あらん限りの声を振り絞った。
「サッパー! カ・ルー!」
 その叫びの木霊も消えた頃、三度目の獣の声が応答した。すると、これは言葉なのか。そう思って聞けば、確かに三度目の咆哮は何やら言語めいて聞こえなくもなかった。曰く、
「ヤーレ!」
 と。
 緋女が背中のカジュに目を向ける。
「何語?」
「知らん。」
「山言葉。古狩人の符牒。ま、暗号みたいなもんだ」
 ニ、と子供のように笑い、ヴィッシュが振り返る。
「喜べカジュ、到着だ。歓迎してくれるとさ」