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資材置場

いまだ作品の形にならぬ文章を一時保管する場です。

獣狩りの獣 1

「追い込め(オット)ゴロー! ゲイドーック!」
「委細承知(ヤァーレ)!」
 エッボの声は剣ヶ峰の稜線からにわかに湧き立ち、ゴローの野太い山言葉がそれに応えた。すぐさま駆け出したゴローの姿は全躯に怒りをみなぎらせた猪を思わせ、その猛然たる殺気には、森の鳥獣、草木、神霊の類に至るまでが恐れおののき息を潜める始末。
 ――それでいい。邪魔してくれるな、何人も。
 ゴローは細く息を吐き、山刀の柄に手をかけた。
 ――今日こそ奴を仕留めるのだ。ゲイドック。さもなくば、わしは何処へも行けぬ。
 大いなる禍霊森(まがついもり)さえ、今や彼の庭に過ぎぬ。森の全てを知り尽くした。目を瞑っていても駆け抜けられるし、追われた獣がどの谷筋に降りるかも手に取るように分かる。それだけの自信をつけるために、ひたすら修練を積んできたのだ。
 今ならやれる。奴をこの手で狩り殺せるはず。
 唐突に木々が途切れ、谷筋へ出た。天幕をかなぐり捨てたかのように視界が開けた。伸び放題に伸びた髪と眉の奥でゴローの目がギラリ輝く。髭に覆われた口元が思わず緩む。
 狙い通り。黒黒としたゲイドックの巨体が、森の中から姿を現したのだ。
「ゲイドック!」
 雄叫びを聞きつけるや、ゲイドックは長い首を持ち上げ、山猿めいた毛むくじゃらの腕をぶら下げ、ひたとゴローを見据えた。危険な相手か否かを見極めるための、野生動物特有の動き。そのとき獣の動きが止まる。ほんの一瞬。だが獣を射抜くにはそれで充分。
 放たれた矢は、狙い違わずゲイドックの眉間に突き立った。
「仕留めた(シャッタ)!」
 ゴローは思わず歓声を上げ――
 直後、その顔が凍り付く。
 獣の額を貫いた、かに思われた矢は、その寸前で盾に阻まれていた。淡く白く光り輝く《光の盾》に。
 ――魔術だと!?
 ゲイドックが走る。ゴローを轢き潰さんと迫ってくる。その行く手にある木々が、岩が、《光の盾》を叩きつけられ粉々に砕け散っていく。背筋が震えた――もしあんなものを喰らったら。
 ――逃げろ! 殺される!
 本能が喚き散らせども体が動かぬ。鍛え上げたはずの四肢は震えるばかり。まるで、狩人に追い詰められた獣のように。
 と、そのとき。
「ゴロー!」
 咆哮が聞こえたかと思うや、誰かが彼の前に躍り出た。



勇者の後始末人
第4話“獣狩りの獣”