資材置場

いまだ作品の形にならぬ文章を一時保管する場です。

ザナリスの昏き竜姫 1-3

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 ダンクレア委員長はいつもの如く、完璧に着こなした制服の上に、完璧に髪を後ろに撫で付けたおでこを乗っけて、完璧な仁王立ちでもって僕の前に立ち塞がった。ゆうに頭2つ分は身長差があるとはいえ、彼女に下から睨みつけられると僕はどういうわけかすくみあがってしまう。僕に限った話ではないが。
「7783、314秒の遅刻。プラス服装規定違反甲種軽度です。弁明は?」
「ない、ことにします」
「よろしい、ことにします。規則によりペナルティはペーパー35番から44番。期限は今夜まで」
 僕の溜息はこれみよがしだったが、委員長は眉一つ動かさない。彼女はハチノスの複雑怪奇な規則の代弁者、にして執行者だ。その運用の徹底ぶりは舌を巻くほどで、それゆえ教師たちもすっかり彼女を信頼して、ほとんど独裁に近い権限を与えている。噂によると、ハチノスの規則そのものにアクセスする許可まで得ているらしく、ルールを都合の良いように改変すらしているとか。彼女はここの女王。逆らうなど愚の骨頂。
 一方、ハチノスの化身であるためか、僕ら個人の感情には無頓着であるようで、たとえば、目の前であからさまに溜息をついたりしても、それを咎めることはないのである。
 僕が嫌そうな顔をするばかりでいつまでたっても返事をしないので、ダンクレアは片足を雄々しく踏み鳴らし、胸の前に腕を組んで、少しばかり声を荒げた。
「復唱せよ!」
「はい! ペーパー35から44、今日中にやりまあす!」
「私に直接提出しなさい。深夜になっても構いませんが、必ずやるように。よろしいか?」
「よろしいです」
 委員長は剣の翻るように僕に背を向け、そのまま自分の席に行ってしまった。
 僕がすっかり肩を落として席に着くと、隣のスタルカスがいやらしくニヤつきながら、指のサインを送ってくる。これは私語のできない局面で意思をやりとりするために僕らが考案した一種の言語で、五本の指の組み合わせだけで、日常会話程度ならなんとかこなすことができる。
 スタルカスの右手曰く、
『バーカ』
 僕の左手の答えて曰く、
『なんで起こしてくれなかった』
『努力はしたよ。5回怒鳴っても起きなかったのは誰かな』
『少なくとも僕じゃない』
『時間の連続性は否定されるもんな。過去の君は君じゃない。すると、君を起こせなかった俺も俺じゃないわけだ。俺に責任はないね』