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資材置場

いまだ作品の形にならぬ文章を一時保管する場です。

“ここへ、必ず”

"S.o.S.;The Origins' World Tale"
EPISODE in 1313 #A10"I'll be back"/The Sword of Wish

「そうとも。
“時の澱み”は現世(うつしよ)と幽世(かくりよ)の波打ち際。
 叶うやもしれぬよ、お前の不遜な願いもね」
 そう言って老婆は、痰の絡んだ嗤い声を挙げた。
 黙って笑われるに任せていたのは、彼女の評判を聞き及んでいたからだ。南岸諸国に比類なき魔女、問われて答う能わざることなし。されど性情極めて難しく、ひとたび機嫌を損ねれば望む答えは決して得られぬ、と。
 しかしいつまで経っても老婆が嗤うのをやめぬので、訪問者――ヴィッシュは、ついに痺れを切らして身を乗り出した。
「その場所は、どこにある?」
 老婆は黙り、答えの代わりに安楽椅子を軋ませた。ささくれ立った机に手を伸ばし、拾い上げた煙管を口に吸う。燻された香が狭い占い小屋を満たし、ヴィッシュに吐き気を催させた。
「教えてくれ」
「夢。夢物語よ。死んでしまったお友達を蘇らせようなど。本気にしておいでかえ?」
 ヴィッシュは、煮え返るような臓腑の痛みを、食いしばった奥歯の裏に圧し殺した。
 目を閉じれば今でもありありと蘇る、あの光景。彼の部下であった中隊員42名。ともに暮らし、ともに夢見、ともに全ての賞賛を浴びた、かけがえのない仲間たち。あの日、竜の群れに囲まれ、恐怖のままに逃げ惑うも甲斐なく、ひとりまたひとりと身を引き裂かれていった――
 死んだ――死なせた――ヴィッシュ自身の無能が殺した。もはや二度と取り返しはつかぬ。
 いや。
 取り返すのだ。
 取り返さねばならぬのだ。
「そうでなければ、俺に生きる理由はない!」
 今度は老婆も嗤わなかった。
 香草の煙越しに、魔女は若き男を見据えた。
「ルドン砂漠にお行き。融けて乾かぬ銀の大河、その果てに目指す処はある。女がそなたを導くだろう。
 だがね、坊や。忘るるなかれ。
 そこは往き往きて往き着くべき処。往きて戻りしものはなし。在るは此方、望むは彼方――」
 だが、謎めいた警句は虚しく空に溶け消えた。気忙しい青年は、言葉を聞き終えぬうちに小袋を置いて去っていたのだった。
 彼が残した占い賃、恐らくは身を削って作った命銭であろうが、ごうつくばりの占い師ともあろうものがそれに興味さえ示さぬ。
 ただ煙管をひと吸いして、紫煙とともに祈りの言葉を吐き出したのみ。空疎な呪文とは知りながら。
「故き大姐の恵みあれ」

 これは昔日の物語。
 ヴィッシュ・クルツ・オースティン――かの者が狼の娘や死の天使と出会うより、たっぷり10年は遡る。
 流れ流れる歴史の中では、瞬きひとつにも満たぬ《時》。されど、神ならぬ人の身には、それすら重きに過ぎていよう。かの者は、それを背負って歩み続けた――そして今、まさに大事を成し遂げんとしている。
 今宵御耳に入れるは或る偏屈者の果て無き旅路。往きて戻りしもののない、銀の大河の物語。

 いざや語らん、一切諸人傾聴されよ。
 時は啓示の千と三百三年余。遥か南方、灰の砂漠の只中にて――


勇者の後始末人
第10話 “ここへ、必ず”